親切だけど不親切

これは少々の自戒を込めたタイトルなのですが、

私自身は「人のために何かする」のは「自分が出来る範囲ならやってもいい」

と思うタイプです。


そのせいか、学生のときから友人や兄弟から相談をよく受けたし、

何かと知らないうちに「相談事」を受けてることが多いです。


中学のときには、ちょっと助けたのがきっかけで、

先生から、「いじめられてた子の面倒をみてやって欲しい」とまでいわれた経験があります。


いじめられるきっかけや原因はいろいろあったんでしょう。

休み時間ずっと横にくっついて来るその子を邪険には出来ないけど、

こちらも授業の合間の休み時間はゆっくりしたかったし、ボケッとして休憩したかったり、

一番は、他人にずっとくっつくことに本人が何とも思わないことに驚きました。


プライバシーがなく困り果てた私は、

具体的に◯回に1回は「1人にしておいて欲しい」と本人に説明して、

休息時間を取った経験があります。

本人は理解はしてくれなかったけど、このときは強行した。

でないと自分が持たなくなるから。


先生は、対処の仕様がなくて困っていたところに「良い子が現れたわ!」

てな感じで、さっさと「問題解決」をしたかったみたいですが、

正直なところ「私の人権はどうなったか、問題にならんのか?」

と、中学生ながら先生の対応にひどく疑問を感じたものです。


たとえ親切心や良かれと思って行動に出たことでも、

人によって、「当たり前は違う」し、

実際には「考え方は違うことがわかってないことが多い」のが現実です。


学生時代から、音楽を聴き、映画を観て、漫画を読み、絵を描くことには少し真剣な暮らしが基本スタイルの私でしたので、そういう時間が全く取れない子育て時はものすごいストレスでした。

(今回は、子育て時の話しは脇に置くとして)


「こういう生活が当たり前」で来た自分にとって、

「趣味がない」という一言を聞くと、

「マジで?!」

「有り得ない!!!!!」

と声に出して反応してしまいそうになります。


だから、「街活」として「何か部活始めませんか?」というとき、

「趣味がある」ことが前提で「部活」しようと声をかけてしまうのですが、

実際には「趣味ないから」といって断られることもあり、

そういうときには「自分の当たり前」が通用しなくて、

次の言葉が出ず「そうですか」と引き下がってしまう。


本当は、「趣味」を持つだけが目的ではなく、

「井戸端交流会」でまだ見ぬ知らない人とも出会うのも「楽しみ」として

味わって頂きたいのですけどねえ。

恋愛以外で「見ず知らずの人と関わる」って社会の仕組みにないんです。

「会社」や「サークル」、「自治会」でも関係性をつくるのは非常に難しいと思います。

「街活」と「井戸端交流会」はセットでも単体でも利用出来て、

「見ず知らずの人のリアルな意見が聞ける」

もしくは「自分が言える場」というのが保証されてるんですね。


ほんの少し喋ったくらいでどういう人かって、わかるときもあるかもしれないけど、

そう簡単でもない。


だから、たっぷり時間を取ってるんですが、

「生きてる間の貴重な時間を、有益に使う」って「人と会話する」こういうことじゃないのかな?

と私は思っています。


ここまで即説明出来ないのが「不親切」かどうか、

疑問ではありますが、

「大きなお世話」で「おせっかい」であることは間違いありません。

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